おとめな宝塚

新米そしてライトなファンによる宝塚観劇記

宝塚月組 珠城りょう主演『月雲の皇子』(2013年)

Amazonプライムで、宝塚月組 珠城りょう主演の『月雲の皇子(つきぐものみこ)』(2013年・宝塚バウホール)を鑑賞しました。

まず思ったことは、「たまきちさん(珠城りょう)、ごめんなさい」でした。

歌重視の私は、当然ながらご贔屓のトップスターは礼真琴さん(星組)と望海風斗さん(2021年退団)です。

ちらっと聴いた、たまきちさんの野太い歌声が少々苦手でして、敬遠しておりました。

しかし今頃になってなぜ既に退団された珠城りょうさんの公演を観る気になったのかといえば、次のとおりです。

最近youtubeなどで珠城さんが出ている宝塚のバラエティー番組を2つほど見ました。

それらの番組で、たまきちさんは、自分の余興のできに納得できずにしょんぼりしている、同じ月組のありちゃん(暁千星さん)に対して、声をかけて肩をぎゅっと抱き慰めたり、どう余興をやっていいのか悩んでいるありちゃんの背中にそっと手を置いて励ましたりしていました。またちょっと照れながらジョークを言っているたまきちさんの姿もありました。

そんなたまきちくんを見た私は、

むっちゃええ人やん!

むっちゃええリーダーやん!

と思ったのです。

こんな誠実そうな人は、いい芝居をするのではないだろうか、こんな寛大なリーダー*1がいる月組はまとまりのある舞台を見せてくれるのではないだろうか、

と思ったのであります。

そこで傑作との誉れの高い上田久美子先生作・演出の『月雲の皇子』を観ることにしたという次第です。

初・珠城りょうですが、まずはその「うつくしさ」にやられました。シャープな顎の線、すっと通った鼻筋、切れ長のきれいな目。そして長身、脚長、小顔。

たまきちさんは、ガタイもよく「男くさい男役」に分類されると思うのですが、いわゆる「オラオラ感」があまりなく、オーラも陽のオーラなのですが、ギラギラではなく、温かみのあるオーラです。また品もあります。

上田久美子先生のデビュー作である『月雲の皇子』は、はるか昔の古墳時代に、允恭天皇の第一皇子として生まれた木梨軽皇子(きなしかるのみこ・珠城りょう)と弟である穴穂皇子(あなほのみこ・鳳月杏)、そして血縁のない妹*2である衣通姫(そとおりひめ・咲妃みゆ)を中心にお話は展開されていきます。

上田久美子先生の書かれた脚本の台詞は深く、脚本の意味を掘り下げて、人物を造っていくことは、大変難しい作業だったと思うのですが、たまきちさんは見事にやり遂げていたと思います(←上から目線ですみません、、)。

正直なところ、「ここ、もう少しうまく歌ってくれたら、、」と思う箇所もありましたが、それも「小さなこと」でした。歌重視の私が歌を「小さなこと」と思えたのは、珠城さんの歌が「宝塚の珠城りょうの歌」ではなく、「木梨軽皇子の歌」だったからです(この域まで達すると、上手下手は関係なくなる、)。

ここからネタバレあり

 

 

第1幕(花の章)では、花を愛で、歌を詠み、底辺の人にもやさしい目を向ける木梨軽皇子(珠城りょう)と国を統一するためには不服従の民を容赦なく弾圧する弟の穴穂皇子(鳳月杏)と、両皇子は全く違うタイプではあるものの、「安寧の世をつくる」という同じ志を持っているとして描かれています。またこの頃の穴穂皇子は将来王となるであろう兄を支えるつもりでいます。

しかし1幕の終盤で、木梨軽皇子は、王家の参謀人であり、穴穂皇子の実父でもある青(夏美よう)の策略と弟・穴穂皇子の裏切りにより、島流しの刑を言い渡されてしまいます。

第2幕(月の章)では、木梨軽皇子は流刑の地・伊予で、ヤマトに弾圧される土蜘蛛族を束ね、ヤマトに戦いを挑みます。そして現王である弟・穴穂皇子の手によって討ち果たされます。

劇中にもあったように、歴史の記録は権力者の立場から、権力者の都合のよいように書かれます。

地を這うように生きた民に常に寄り添い、その民たちに高く飛ぶことを教えた木梨軽皇子の歴史もまた治世者によって葬り去られるのです。

第2幕の終盤で、「謀反者」の兄を討ち、兄の政治的な足跡を葬り去る穴穂皇子は、「私が語るように、二人の物語を綴れ。まつりごとのためではなく」と朝廷の史部(ふひとべ・記録文書担当)の長である博徳(輝月ゆうま)に命じます。

「伊予の海でともに自ら死んだ。月の輝く晩に、二人は一艘の舟に乗って、沖へ漕ぎだした。二人はどこまでも共にゆき、二度とこの世界の岸には戻らなかった」

恋敵でもあった兄・木梨軽皇子と妹・衣通姫との恋です。うつくしい偽りの言葉で彩られながらも、二人が愛し合ったという「真実」を伝える物語です。

博徳から、なぜそのような物語を、と問われ、穴穂皇子は「わからん」と答えます。

第一幕で、「後世に残るべき記録と本当の過去とは違う」と、国の体裁を整えるためなら偽りの歴史を残すことを肯定する穴穂皇子に対して、木梨軽皇子は、「わたしはまことの物語を残したい」と言います。

国を治める者として、謀反者である木梨軽皇子を勇者として政の記録に残すことはできないけれども、兄の願いを叶えるために、兄・木梨軽皇子衣通姫との恋物語という「まことの物語」を後世に伝えようと思ったのでしょうか。いや、「心に満ちた涙のために」物語があるといった衣通姫のように、穴穂皇子もまた、行きどころのない兄と妹への想いを物語を通して語りたいと思ったのでしょう。彼もまた真実のことばを必要としたのでしょう。

演者について、珠城りょうさんについてのみ感想を述べましたが、上田久美子先生が書いた人物に息吹を与え、生きたのは、鳳月杏さん(穴穂皇子)も咲妃みゆ(衣通姫)も同様です。

また、たまきちさんが、カーテンコールで、「運命的に出会ったはっちさん(専科の夏美よう)とこの月組のメンバー」と言っていたように、舞台に立つ月組のみなさん全てが、この作品に不可欠な人となっていたと思います。

上田久美子先生の台本と珠城りょう・鳳月杏・咲妃みゆ・月組のメンバーとの出会い。奇跡のような作品だったのではと思います。

『月雲の皇子』。有料ですが、未見の方はAmazonプライムで、ぜひご覧になってください。1週間レンタルできますので、繰り返し見ることができます。

繰り返してみることで、あらためて上田久美子先生の脚本とその構成の素晴らしさを実感します。深くうつくしい珠玉の台詞の数々。第一幕での伏線が第二幕で見事に回収されていく様など。

<蛇足>

『月雲の皇子』を観たことで、これから先の宝塚作品への評価ハードルが高くなったような気がして心配でもあります。

*1:『月雲の皇子』が上演された2013年はたまきちはまだトップではありませんでしたが、主演でした

*2:古事記』では同母妹となっていますが、『月雲の皇子』では血縁がないとして描かれています